Stereology.

1.1 組織標本を使用する定量解析が抱える諸問題 組織標本の解析は定性的な所見から始まる.顕微鏡を用いた丁寧な観察によって初めて得られる検体の 大きさや分布,形態などについての詳細な情報は,全ての研究の基礎となるべき重要なものである.しか しながら,定性的なデータだけでは,統計学的な検討が難しく,結果が主観的なものになりやすい.この ため,生理的組織と病的組織の比較など,さらなる研究を行う際には,定量的なデータが必要になる.定 量解析の基本的な命題は,いかにして検体の正確な数を客観的に求めることができるか,ということであ る.組織標本に基づく定量解析は単純に思われるが,正確なデータを得ることは実は容易ではない. 最大の問題は,サンプリングバイアスである(図1).これは,標本抽出の際に母集団を代表していない 検体が選ばれるために生じる偏りのことであり,2次元的な切片を使って定量解析を行う場合,避けるこ とが出来ない.例えば,大きな検体は小さな検体よりも検出されやすい(図1A).また,大きさが同程度 でも,検体の形によって計測されやすさが異なることもある(図1B).さらに,長軸が切片と直交してい る検体は並行しているものよりも計測されやすい(図1C).すなわち,1枚の組織標本を使用する単純な 定量解析では,そのデータは検体の数ではなく,サンプリングバイアスを反映しているに過ぎない可能性 がある. 組織標本を用いる定量解析には,他にも特有の問題が存在する.一つは,脱水や包埋などの標本作製の 過程で生じる切片の収縮や変形である.これらは,分布密度を計算する場合に障害となり,予備的な実験 により補正する必要がある.また,免疫染色を行った標本を定量解析に使用する場合,抗体の不完全な浸 透性が問題となる.すなわち,一部の抗体は厚切切片の深部に到達せず,切片の表面しか染色されない場 合がある.この問題に対しては,あらかじめ抗体の浸透性を調べ,定量解析に使用する切片の深度を決め ておく必要がある.これらの問題をきちんと考慮しなければ,組織標本から正確な定量データを得るこ とはできない.